Winny 事件について少し

Winny 開発者の無罪判決に関する反応を見ていると開発者が著作権侵害の意図を持っていること自体を否定する意見が多いのですが、The 男爵ディーノのかがみさんが興味深いことを言ってるので紹介しようと思います。

【12/14】Winny裁判に関する私見 (The 男爵ディーノBLOG)

華麗なる架神恭介 | 【10/7】ナショナルジオ、まじぱねえ(下の方)

まず、開発者は明らかに著作権侵害の「悪意」(あるいは「志」)を持ち、一方でそれがギリギリ法律に反しないことを知って開発していました。


 ただ、悪意というのは語弊があって、もっと正しく言うと、金子さんには志があったわけです。ここらへんを読んでもらえると分かると思うのですが、金子さんは現状の著作権システムが現在の情報化社会に対し不利益をもたらし、いずれは破綻すると考えていたわけで、いずれ破綻するものなら、いまいたちごっこを繰り返して悪い影響を与えることはなく、さっさと破綻させて、強制的に次の著作権概念へ進化させようと、そう考えていたように思われるのです。

(中略)

 そして、金子さんは「法に触れない形で」革命活動に乗り出しました。それがWinnyです。当時は著作権違反で逮捕されるのは著作物を違法にアップロードした者だけで、著作物をダウンロードしても大丈夫だし、ましてや、その仲介となるソフトを作るだけなら絶対大丈夫というのが通念でした。Winnyという仲介ソフトを作った金子さんも、建前だけとはいえ「悪用しちゃダメですよ」とちゃんと書いていたわけで、まさかこれで金子さんが逮捕されるとは誰も思ってなかったわけです。金子さんは、法に触れないギリギリのレベルで過激な革命活動をしていたのです。

 というわけで、金子さんの活動自体は「志に則った、過激だけどギリギリ合法の革命活動」だったはずです。

文中のリンクはny展望へのもので、ここの「4. コンテンツ提供者側の集金問題」以下に開発者はこう書いています。


4. コンテンツ提供者側の集金問題

(中略)

 インターネットの一般への普及の結果、従来のパッケージベースのデジタルコンテンツビジネスモデルはすでに時代遅れであって、インターネットそのものを使用禁止にでもしない限りユーザー間の自由な情報のやりとりを保護する技術の方が最終的に勝利してしまうだろうと前々から思ってました。そしてFreenetを知って、もはやこの流れは止められないだろうと。

(中略)

 ここで私はこういうFreenet的なP2P技術が本質的にインターネットの世界では排除不可能と考えていますし、その事実が認知されていけば必ず自然に別のビジネスモデルが立ち上がってデジタルコンテンツ流通のパラダイムシフトが起こるだろうと考えていました。もしこの問題がクリアできなければインターネットそのものを学者などだけへの許可制にして一般では使用禁止にするしかないだろうとも。よってこれが将来インターネットでキーになる技術であろうと。

(強調引用者)

だが一方で、クリエイター(あるいは革命家)というのは、そうした攻撃性、反社会性を持っているものだ。そこでクリエイターが行動する際には「法に触れてるかどうか」という基準で行動する必要がある。

だが、そこで法律を恣意的に運用されてしまうとどこまでがセーフでどこからがアウトかわからなくなり、うかつに創作活動ができなくなってしまう。だから、例えそこに「悪意」があったとしても、法律は厳密に運用し、現行の法律に触れないなら無罪にすべきである。




「悪意を持って法に触れずに」やっていたことは、確かに悪質と言えば悪質かもしれないが、しかし、クリエイターという者には反社会的、社会批判的、革新的な一面があることも事実である。社会や現状の機構に対する何らかの悪意や叛意があった場合、クリエイターはそれを何らかの形で実行するのだが、そこで基準となるのが「法に触れているかいないか」である。つまり、クリエイターが悪意を持つこと自体は問題ではない(繰り返すが、正確には悪意ではない)。ただ、法に触れた場合は捕まって自分が困りますよ、というだけのことだ。



 なので、悪意を持つクリエイターとしては、体制側にはちゃんと「法に則って」処分してもらわないと困るのである。だって基準が分からないから。今回のように恣意的に基準を捻じ曲げられるのでは怖くてクリエイト活動なんかできないのだ。それはWinnyで作品が流されて経済的損失を負うことよりも遥かに……とは言い過ぎにしても、少なくとも同程度には危険なことなのだ。



 法整備した上で違反した金子さんを罰するなら構わない(金子さんは賢い人なのでそうなったら違反しないだろうけど)。現状の法律で罰することができる人(Winnyにアップした人)を罰するのも構わない。だが、罰せられないはずの金子さんを無理矢理に罰するのは、たとえそれがアバウトな意味での社会正義に適った行為だとしても許せることではなく、今回の無罪は当然だと思うし、そうあって欲しい。是非そうあるべき結末なのだと思う。

とりあえず紹介だけ。